- 2026/09/07
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【藤進コラム】いったい「真の国語力」って、何だろう?
●去る7月24日、中央教育審議会教育課程部会
国語ワーキンググループで
「これからの国語のあり方について」の検討結果が報告されました。
AIの急速な発達やデジタル化の進展を背景に、
これからの予測困難な時代を生きる子供たちにとって
いかに「言葉の力」が重要であるかを、
改めて社会全体に問いかけるものでした。
●生成AIが急速に普及し、スマートフォンの画面から
断片的な言葉が溢れ出る現代だからこそ、
子供たちは機械には決して真似のできない
「真の国語力」を身に付けていく必要があります。
それでは「真の国語力」とは具体的にどのような力でしょう?
●まず一つ目は、論理的に思考し、
書かれた主旨を正確に理解する力です。
例えば、数学の難問を解くとき、
数式を組み立てる前段階として
問題の複雑な状況を正しく理解しなければなりません。
何を求めるべきなのかを正確に理解し、
構造化するのは言葉の力です。
言葉が粗雑になれば、思考も粗雑になり
どれほど計算技術を磨いても、
高度な概念を理解することは不可能になります。
●二つ目は、自己との深い対話と、主体的な思索の力です。
生成AIは適切な問いを与えれば、瞬時に
答え(らしきもの)を出力してくれます。
しかし、人間には「私たちは何を問うべきなのか」という
根本的な問いを発することができますが、
AIにそれはできません。
自己の内側にある抽象的な違和感や
アイディアを言葉として結晶化させ、
自らの思考を掘り下げていくためには
豊かな語彙のストックが必要です。
AIの提示する「答え」を鵜呑みにせず、立ち止まり、
深く吟味する批評的な思考力は、
豊かな語彙力があって初めて成立します。
●三つ目は、言葉を通して、世界や他者を理解し
人間らしい豊かな情緒を育む力です。
幼児期から多くの優れた文学作品に触れることにより
私たちには人として持つべき善し悪しや
憐みなどの情緒が培われます。
それらは、単なる情報処理能力ではなく、
言葉を通して世界を理解し、人間を理解し、
自分自身を理解する中で育まれる力です。
●本を読み、自分とは異なる人生を生きる人々と出会い、
登場人物の心の揺れに共感する。
その積み重ねが想像力を育て、
他者の深い理解へとつながります。
AIは言葉を精緻に真似ることができても、
心から悲しみ、
誰かのために涙を流す情緒を持つことはできません。
●言葉を失うことは、思考と豊かな心を失うことに他なりません。
目指すのは目先のテクニックを教えることではなく、
皆さんが生涯にわたって、自ら本に手を伸ばせるよう、
激動の社会を力強く、生き抜くための国語力を育むことです。
ぜひ、多くの本を手に取り、言葉との豊かな出会いを
重ねていただきたいと願います。
藤進ゼミナール